『回顧録』1995年 カナダ南北縦断4000㎞人力の旅 (その7)徒歩旅の続行と終了
(その1)どこを、どう行くか!?
(その2)何を持って行くか!?
(その3)バンクーバーから徒歩旅開始!
(その4)雪と沙漠とインディアン
(その5)プリンスジョージの町に到着!
(その6)ついに熊と遭遇!
(その7)徒歩旅の続行と終了
←今ここ
(その8)憧れのアラスカハイウェイを自転車で走る!
(その9)絶不調!この旅最大の失敗
(その10)夢のホワイトホース到達!
(その11)ユーコン川をカヤックで下る
(その12)北極圏を自転車で越える!
(その13)ついに北極海!
(番外編1)テズリン川カヤック旅
(番外編2)チルクート・トレイルを歩いてアラスカへ
(最終回)夢の終わり これからの現実
(その6からの続きです)
数分間のうちに熊3頭が次々現れ、
絶体絶命かと思った瀬戸際、
たまたま通りかかった車に助けられ、
窮地を脱出。
今回はたまたま車が通りかかって
助かっただけだと思う。
あんな恐ろしい熊の巣窟のようなところを
今まで徒歩で旅してたのかと思うと、
今後の旅の続行に黄色信号が点灯か・・・!
怖くて眠れなかったその夜、
バンクーバーで聞かされた話が
改めて脳裏によみがえる。
「何!?歩いてユーコンまで行くって!?
君は毎年この国でどれだけの人が熊に殺されてるか
知らないのか!?」
「君の勇気は素晴らしいが、
この場合はクレイジーと言うんだ!」
(その1)どこを、どう行くか!?
(その2)何を持って行くか!?
(その3)バンクーバーから徒歩旅開始!
(その4)雪と沙漠とインディアン
(その5)プリンスジョージの町に到着!
(その6)ついに熊と遭遇!
(その7)徒歩旅の続行と終了 ← いまココ
じりじり迫り来る熊の姿が頭にチラついて
眠れない夜を過ごし、
明け方頃ようやく寝付いた。
あの恐ろしい熊の、ここは巣窟。
それを考えると歩いての旅など
中止することしか考えられない。
しかし、それでは僕が納得できないことは、
僕自身よくわかっている。
熊は怖いけど、ケガをしたわけでもなく、
単に「怖い」だけなのだ。
色んな犠牲を払い、熊の恐怖も承知の上で
この冒険旅に赴いてきたのに、いまさら
「やっぱり熊が怖いからヤメました。」
だなんて自分自身が許せない。
・・・怖いけど、一晩経って、
少し冷静になってきたかもしれん。
そうは言っても、
クマがたくさん居て命の危険があることには、
まったく変わりは無く、
現実問題として旅の続行は可能なのか?
朝、宿のおやっさんと話す。
「そりゃー熊はいるよ!
でもここらはブラックベアだから大丈夫大丈夫!
あいつらは小心者だし、気のいいヤツだよ?」
「でも昨日は、熊の方から僕に近寄って来たよ。
襲うつもりだったんじゃないのか?」
「それきっと好奇心でお前に近寄って来たんだろう。」
「好奇心!?」
「子連れの母熊は威嚇するし危険だけどな。
そうでないなら、じゃれてるとか好奇心だよ。
そんなに怖がることはないぞ。」
「そうなの!?」
「ただしグリズリーはヤバイ。あれは殺される!
お前さんは、ユーコン方面に向かうんだろう。
今はいいが北部では気を付けろよ。」
おちついて昨日の熊を思い返してみる。
そう言われてみれば、唸り声などの威嚇はなかった。
僕自身がパニックだったので
熊の表情まではもう覚えていないけど、
車に僕が助けられた時、
熊は車にびっくりしたのか
キョドったようにキョロキョロして
排気音に驚いて丸い尻をフリフリして
ブッシュの中に消えて行ったっけ。
言われてみれば気が小さく、
好奇心旺盛な動物、な気もする。
事前に本で読んでいた、
クマが出てきたときの対処法も、
大声で「コラッ!」と怒鳴るだけで、
ブラックベアなら大抵は問題ないとも書いてあったっけ。
ただ、至近距離での出会い頭、
これだけは危険なので、
自分から積極的に声や音を出せば
その危険もほとんどを事前に回避できる、
と、昨夜泊まった宿のおやっさんも言ってたな。
日本に居る頃に、極北を旅した人の本や
熊関係の本はたくさん読んでたのに、
パニックですっかり忘れていた。
◆多くの人が僕を見守ってくれている◆
歩いてすぐの所にレストランと売店があり、
売店で飲み物と行動食用のビスケットを購入。
レジのお姉さんが
昨日、歩いてる僕を見かけてたそうで
お代は要らない、頑張ってるキミに
サービスしとくわ、と言ってくれた。
綺麗なお姉さんに
「頑張ってるキミ」とか言われたら
ワシ、もうちょっと頑張っちゃおかな、
とか張り切ってしまうではないですか。
(単純すぎる!)
隣のレストランで朝食。
空いてたテーブルに座って食事をすると
別のテーブルで食事をしていた数人のグループの内の
フランス人の青年2人が、
僕を見るなり僕のテーブルにやってきた。
「君は歩いてるのか?
昨日の11時頃、俺たち君を道路で追い越したんだけど、
熊の多いとこだからな、心配してたんだ。
だから今日こうやって君と会えて安心したよ。」
このフランス青年が、男でも惚れそうな笑顔で
カッコイイこと言ってくれちゃって、
心がアツくなる。
一緒に食事をしながら色んな話をした。
お互いの母国の事、やりたい仕事のこと。
彼らは植林の仕事でこの辺に滞在してるらしく、
別れ際
「俺達これからマッケンジーの町に行くんだけど、
本当に車に乗っていかなくていいのか?」
今でも、もちろん熊が怖い。
本当を言えば、車に乗りたい。
だけどフツフツと勇気が湧いてきた。
「うん大丈夫。歩くよ!」
たった一晩で再び歩く気持ちが戻ってきた!
誰もいない広大な原野を
ずっと1人きりで歩いてるんだと思ってたけど
本当はたくさんの人に心配され、見守られ、
無事だったことを喜んでくれる、
名も知らぬ異国の人達。
そう思ったら何だか泣けてきた。
おかげでまた歩ける。
また旅を続けられる。
僕の旅は、出会いや会話に支えられていることを
あらためて感じる。
俄然、やる気に満ち溢れ、
ハイテンション気味に徒歩旅を再開しました!
◆徒歩旅の終了を決心◆
この日、道端で休憩中また熊を見た。
100mほど離れてたので安心して熊を観察。
ブッシュ奥を歩いてた熊が僕に気づいたんだろう、
あわてて林の向こうに逃げて行った。
・・・たしかにブラックベアは臆病だ。
この翌日も道端で熊を見かけたのだけど
同じく僕の姿に気づいて逃げて行った。
出会い頭の至近距離での熊とのバッティングは怖い。
だから見通しの悪い道路のカーブや、
通行する車が途絶えた時には
落ちている石と石をカチカチ鳴らせば
熊除けになるとのことで、
ちょくちょく石を鳴らしたり
シェラカップを鳴らしたりして
熊除けをしつつ歩いた。
しかし、です。
しかしそうはいっても、
こうも連日、熊が出没するようでは
そろそろ徒歩は限界かもしれない。
次の目標地点、ドーソン・クリークの町から、
旅のルートはいよいよ
世界に名だたる野生の道路、
「アラスカ・ハイウェイ」になる。
沿道の村や補給所は今より更に極端に減り、
1日歩いて次の村や補給所に到達できるのは
道路沿線情報誌で調べたところ、1ヶ所しかなかった。
2日間で到達できればまだいい方で、
多くが徒歩で3日、場合によっては4日必要。
また、ブラックベアに替わって
グリズリーが増えてくる。
これから僕が向かっていくユーコン準州は、
人口は約32000人(当時)であるのに対して、
約27000頭もの熊が生息しており、
その内訳はブラックベア2万頭、グリズリー7千頭と、
人口と同じくらいの熊の生息数なのだ。
ここらが潮時、と考えた。
次の町ドーソン・クリークで
徒歩は終わりにしよう。
自転車を購入して、そこからはサイクリングで
北を目指す!
目標が定まれば、俄然やる気が出る。
残り約250km。10日あれば充分だろう。
この日はカナディアンロッキー山脈の
峠へのキツイ登り坂にさしかかったが、
気力が充実してるので平気!
雪を抱いた高い山が迫ってくる。
歩いてロッキーを越えるなんて、
なんかカッコイイな。
久しぶりにB.Cレールの線路が再び近づいてきた。
長い長い貨物列車の運転士と手を振り合う。
あの運転士が、いつだったか沙漠で
飲み物を僕に放り投げてくれた運転士かは
遠くてわからないけど、
誰も居ないこんな大自然の中であっても
僕は誰かに見守られていることを改めて実感。
◆ロッキー山脈を越える峠での滞在◆
午後8時直前、標高約900mのアズゼッタ湖に到着。
この湖が峠になっていて、
湖面はまだ殆ど凍っていた。
湖畔のキャンプサイト以外、
何も無いと思ってたらレストランがあった。
喜んで店に入ると午後8時が閉店、
つまりちょうど今。
ところが僕のガッカリ顔を見た店主は
コーヒーと暖かい野菜スープを出してくれた。
美味い!
こんな美味い野菜スープは初めてでした。
よほどガッついて食べたのか、
スープだけでなく、パンも出してくれて
残り物だからコーヒー代だけでいいと言う。
素晴らしいレストランに、
素晴らしいロケーションのキャンプ場。
こりゃあ連泊決定!
翌朝は雨模様で、夜が明けると
ゆっくり雨が上がり、
湖を霧がたゆたう、幻想的な眺め。
レストランで朝食。
よく眠れたか?
寒くなかったか?
クマは出なかったか?
開口一番、店主が言った言葉。
これ、カナダ滞在中のキャンプの朝、
あちこちで何度も耳にした、
挨拶のような、半ば慣用句のような言葉だけど、
この国では、まさしく実感でありました。
ここでも2日前にクマが出没したそうだ。
でもなぜかもうあまり怖くなかった。
根拠のないポジティブさだけど、
今はこのポジティブな気分を楽しみたい。
連泊だし、小さな湖の周りを一周してみた。
といってもトレイルなどは無いので
半分は線路を歩きます。
急峻なロッキーの稜線のすぐ下を走る線路は
トレッキングコースとしても気持ちよく、
いつだったか沙漠の線路を歩いた時は
フル装備のリュックを背負ってて
足首が辛かったけど、
この時の荷物はカメラと地図やノートだけなので
足がとても楽だった。
これなら線路歩きも楽しいね。
やがて湖の端まで来たので線路から外れ、
残雪の林に突入。
湖から流れ出す小さな流れを対岸に渡らねばならず、
凍った雪面にソロリと乗り、
対岸に飛び渡ろうとするも、
雪を踏み抜いて川にハマり、
あえなく膝下を水没させることになったけど、
何故だか、それさえも楽しい。
わずか3日前には熊に怯えきってたのにね。
午後3時頃テントに帰還し、
誰も居ない湖のほとりでギターを弾く。
リュックの底に秘蔵のウイスキー小瓶を持っていたので
こんな最高なロケーションで酒を飲まないのは
酒に失礼だよね的な理由で昼間っから
湖畔の粗末なベンチで水割りとギター。
カナディアン・ロッキーの
山と湖と森と孤独を独り占めにする。
誰も居らず、豊かに満ち足りた孤独。
退屈といえば退屈なんだけど、
静まりかえったこの湖畔の
饒舌で極上な静寂。
この日、歌は歌わず、
ギターをボロロンと爪弾くのが心地よかった。
こんな極上の静寂を、
僕のジャイアンボイスで台無しにするのは
野暮ってなもんでしょう。
翌日、このパイン峠からロッキー山脈の反対側へ、
氷河が削って作りあげた、広くて太陽いっぱいの
明るい谷間を緩やかに下ってゆく。
たんぽぽの咲く道。
やわらかな川。
とんがった白い山。
↑背中で人生を語るステキ青年!
↑誰だこのカッコいいシルエットは!?
ロッキーの山麓は春のど真ん中。
歩きながらジャカジャン、ボロロンと
ギターを鳴らして、
デタラメながら気分のいい歌を
ひとつふたつと、ひねってみる。
いつの間にか熊の不安なんてどこかに行ってしまっていた。
木陰で休んでいるとリスが周りをうろちょろして、
じゃれたりケンカしたりしている。
僕の膝に乗ってきたヤツもいた。
湿地や小川にダムを作っているのはビーバーだ。
ビーバーはタヌキとアルマジロを合せたような体に、
大きくて平べったい尻尾を持っていて、
その尻尾でペンペン!と地面をはたきながら
お尻を向ける姿はかわいいものだ。
ところがこのビーバー、
「ビーバー・フィーバー」という病気を媒介するので
ちょっと油断ならないのです。
これはビーバーの体内の寄生虫が
糞と通して川や水たまりに流れ込み、
その水を飲んだ人が
激しい下痢と発熱(フィーバー)に見舞われる、
というものだ。
死ぬことはないらしいけど、
ビーバーはそこら中に生息しているので
非常に感染する人が多い。
TVニュースでも度々
「生水を飲まないように」
「ビーバー・フィーバーに気を付けよう」とやっていた。
明るい氷河の谷が広がって行き、
やがて「ピース・カントリー」と呼ばれる
広大なピース平原に入った。
振り返ればカナディアン・ロッキー山脈が白く高く、
北の果てから南の果てまで続いている。
あの山々を歩いて越えてきたんだなぁ、
と感慨深い。
遥かな憧れの町、ホワイトホースが初めて距離表示板に現れた記念すべき看板
ピース平原に入ると、
道路はひたすら直線道路ばかりになり、
まわりは畑と牧草地ばかりになる。
畑作地域なら熊もあまりいないし、
人家もポツポツと点在してるので安心して歩けるのだ。
気温はぐっと上がって初夏の陽気となり、
もくもくと入道雲が湧き上がってきた。
このあたり、ほぼ五日間ずっと
直線ばかりの道路で、なかなか辛かったけど、
徒歩旅のゴールが近づいてるので
テンションの高い状態が続いていた。
◆教会に泊めてもらう◆
ドーソン・クリークの町に到着する前日の夕方。
プログレスという村を通りかかったものの、
商店もなく公園やキャンプ場も見当たらない。
取りあえず水を貰いに最寄りの民家を尋ねた。
この時期の僕はキャンプ場が見当たらない時、
積極的に民家を訪ね、水をもらいがてら
一晩テントを張っても迷惑にならない場所を
教えて貰っていたのです。
大きなリュックを背負った見慣れない東洋人が
突然やってきたので、家人には
ものすごく怪しまれたけど、
相手をしてくれたリーおじさんは
僕の旅に大きく賛同してくれ、
村の教会に泊まればいい、と鍵を開けて
教会に中に案内してくれた。
教会というか、どちらかと言うと
村の「物置」兼「公民館」といった感じだけど
小雨降る夜にこんなステキな
ウィルダネス・ホテルに泊まれる幸運。
その日、道端で缶ビールを貰ってたので、
徒歩最後の夜をビールでお祝いした。
翌朝、リーおじさん家に挨拶に行き、
さあ、いよいよ徒歩最終日!
泊めて貰った教会にて
バンクーバーを出発して42日目、
すでに5月18日になっていた。
歩いた距離約1100km。
我ながらよく歩いたものだ。
今回の徒歩旅、可能ならばユーコン地方の
ホワイトホースという町まで、
合計2500km歩きたかった。
でも熊対策というわけで、
徒歩はここで断念することになったわけだけど
これについては当時も今も
後悔とか不本意、といった思いが全く無いのです。
もともと北部カナダでは自転車を使う予定で、
その予定が少し早まっただけだし、
なにより熊の恐怖を克服して徒歩旅を続行し、
前向きな気持ちで納得して徒歩旅を終えられるのが
とても嬉しかったものです。
徒歩旅をやりきった満足感と、
未体験の自転車旅への期待感で、
これ以上ない一日でした。
ところがそのままニカッと笑ってゴール、
というわけにはいかなかった。
ドーソン・クリークまであと数時間という所で
急に雲行きがおかしくなってきて、
冷たい雨が土砂降りになったのだ。
しかもみぞれまじりの猛烈な寒さ!
ついさっきまで夏を思わせる入道雲と
強い日差しだったのに、
カッパを着る手があっという間にかじかんで
ファスナーが閉められない。
帰国後、ドーソン・クリークの隣にある
サウス・ドーソンの村人から
冬にもらった手紙には
「今日は-45℃まで下がりました。」
とあったから、
このあたりは夏といえども
ひとたび天候が崩れると一気に寒くなるんだろう。
ようやく雨が上がった頃にはすでに
ドーソン・クリークの町に入り始めていた。
ああ寒い、眠い、疲れた、腹へった。
ここで役目を終えた一足目の靴
(つづきます)
a href="https://hacchan.naturum.ne.jp/e3233228.html" target="_blank">(その1)どこを、どう行くか!?
(その2)何を持って行くか!?
(その3)バンクーバーから徒歩旅開始!
(その4)雪と沙漠とインディアン
(その5)プリンスジョージの町に到着!
(その6)ついに熊と遭遇!
(その7)徒歩旅の続行と終了
←今ここ
(その8)憧れのアラスカハイウェイを自転車で走る!
(その9)絶不調!この旅最大の失敗
(その10)夢のホワイトホース到達!
(その11)ユーコン川をカヤックで下る
(その12)北極圏を自転車で越える!
(その13)ついに北極海!
(番外編1)テズリン川カヤック旅
(番外編2)チルクート・トレイルを歩いてアラスカへ
(最終回)夢の終わり これからの現実
次回から自転車に乗り換えて旅を続行です。
憧れのアラスカ・ハイウェイへ!
しばらくはドーソン・クリークの町で
買い物や情報収集で滞在予定。
この町でもいろんな出会いがありました。
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